いつ何が起こるかわからない。子どもたちと離れてしまうこともあり得る。そう思った私は「いざ」というときの算段をした。これはあの男が狂暴になって命の危険を感じた場合のシミュレーションだった。
我家の家計はほんの少しの余裕もなかったため、母にお金を借りた。私と子どもたちで10万円ずつ隠し持った。全員の電話番号と祖母の住所も書いてある。何かが起きたらこれを持って逃げろ。できればスマホと充電器も持って。待ち合わせ場所は自宅から離れた飲食店。どうにもならなくなったら、祖母の家に行け。
逃げ道は大切だ。このことが私にとって御守りとなり、希望を持っていられた。見つからない自信はあった。あの男は狂っている。あの男は自分の怒りに振り回されている。
ありがたいことに、この御守りは使わずに済んだ。
我が家に静けさが戻ってきたとき、あの恐怖がもうないことが信じられなかった。でもいつかまた…不安はいつも胸にあった。